香川県の県庁所在地はなぜ高松市?丸亀との歴史や覚え方・庁舎の見どころまで徹底解説
日本で最も面積が狭い都道府県でありながら、讃岐うどんや瀬戸内国際芸術祭、そして四国の経済・行政の中枢として確固たる存在感を放つ香川県。その県庁所在地が高松市であることは広く知られていますが、県名と県庁所在地名が異なることから、学校教育のテストや中学受験の地理分野において頻出の頻出トラップとなっています。
歴史の教科書を紐解くと、かつて西讃の中心地であった「丸亀市」との間で熾烈な主導権争いがあり、明治初期の廃藩置県では香川県そのものが一度消滅して徳島県(名東県)に編入されるという波乱万丈な経緯を辿ってきました。なぜ最終的に高松市が県都に選ばれたのか、その決定打となった地理的・軍事的・歴史的要因とともに、世界的な建築家・丹下健三が手がけた県庁舎の魅力、さらには一瞬で覚えられる記憶術まで、多角的な取材データをもとに深掘りします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:香川県の県庁所在地は高松市であり、人口約41万人を擁する四国最大の経済・行政中枢都市。
- 要点2:丸亀藩と高松藩の勢力争いや廃藩置県による「県の消滅・復活」を経て、石高や港湾機能、交通結節点の優位性から高松が県都に確定。
- 要点3:丹下健三設計の香川県庁東館は戦後モダニズム建築として全国初の国指定重要文化財であり、21階展望室からは瀬戸内海の絶景を無料で一望可能。
【基本情報】香川県の県庁所在地は「高松市」|四国4県での位置づけとデータ比較
四国地方の北東部に位置する香川県の県庁所在地は高松市(たかまつし)です。高松市は香川県のほぼ中央から東寄りに位置し、瀬戸内海に面した港湾都市として古くから本州(岡山方面)との玄関口を担ってきました。
香川県全体の人口約92万人(推計値)のうち、実に4割以上にあたる約41万人が高松市に集中しています。国が出先機関を集中させる「国の出先機関の街」でもあり、日本銀行高松支店や四国経済産業局、高松高等裁判所などが集積する四国のブロック拠点都市として機能しています。
| 都道府県名 | 県庁所在地 | 推計人口・規模感 | 県名との一致・特徴 |
|---|---|---|---|
| 香川県 | 高松市 | 約41.4万人(四国2位) | 不一致(四国の政治・経済の中枢拠点) |
| 愛媛県 | 松山市 | 約50.0万人(四国1位) | 不一致(四国最大の人口を誇る城下町・道後温泉) |
| 徳島県 | 徳島市 | 約24.6万人(四国3位) | 一致(阿波踊り・関西経済圏との結びつき) |
| 高知県 | 高知市 | 約31.5万人(四国4位) | 一致(南国情緒・県全体の人口約46%が集中) |
四国4県の県庁所在地一覧を比較すると、香川県(高松市)と愛媛県(松山市)は「県名と都市名が異なる自治体」であることがわかります。特に高松市と松山市はどちらも名前に「松」の漢字が含まれるため、混同しないよう正確に把握しておく必要があります。
なぜ高松市になったのか?丸亀市との対立と「香川県消滅」の歴史的経緯
香川県の県庁所在地が高松市に定まるまでには、幕末から明治維新にかけての廃藩置県をめぐる激動のドラマが存在します。当時、讃岐国(現在の香川県)には主に東部の高松藩(松平家・12万石)と、西部の丸亀藩(京極家・6万石)という2大勢力が併存していました。
1871年(明治4年)の廃藩置県当初、明治政府は高松県と丸亀県を別個に設置した後、両者を統合して「第1次香川県」を発足させます。この際、県庁は当初高松城内に置かれました。しかし、歴史の歯車は一筋縄ではいきませんでした。
当時、徳川親藩(水戸徳川家の分家)であった高松藩に対し、丸亀藩は倒幕側(官軍)にいち早く恭順していた背景がありました。新政府内部では「朝敵側だった高松ではなく、忠誠を尽くした丸亀に県庁を置くべきだ」という議論や、地域住民の間での綱引きが激しく展開されたのです。
さらに混迷を極めたのが、1876年(明治9年)の府県大規模統合です。なんと香川県はまるごと名東県(現・徳島県)に編入され、香川県そのものが地図上から消滅してしまいます。阿波(徳島)主導の県政に対し、讃岐の人々は「税金が徳島側にばかり使われている」と猛反発。香川用水の開削運動などを契機に、1888年(明治21年)、全国で最も遅いタイミングで独立を果たし、「第2次香川県」として復活を遂げました。
再独立に際して県都が高松市に確定した決定的な理由は、以下の3点でした。
- 圧倒的な都市規模と経済基盤:高松藩12万石の城下町として蓄積された人口・商人ネットワークが、丸亀藩(6万石)を大きく凌駕していたこと。
- 本州直結の海上交通路:宇野港(岡山県)と結ぶ宇高連絡船の発着拠点として、本州と四国を結ぶ最短ルートの要衝であったこと。
- 高松城周辺の行政用地の確保:旧高松城周辺に官公庁街や軍事施設を設置するための広大な敷地が確保しやすかったこと。
こうして、政治的恩讐や度重なる統合の荒波を乗り越え、実利的な都市機能の高さから高松市が香川県の揺るぎない県都として定着しました。
【中学受験・テスト対策】香川県と高松市を瞬時に導く「簡単な覚え方」
小学校の社会科や中学受験の地理分野において、「都道府県名と県庁所在地名が異なる18の道府県」は最頻出の暗記テーマです。香川県と高松市の組み合わせを確実にインプットするための、語呂合わせと地理的ロジックを紹介します。
1. 強烈なイメージで覚える語呂合わせ
最も記憶に残りやすいのは、香川県の特産物である「讃岐うどん」や名前に結びつけたビジュアル記憶法です。
💡 鉄板の語呂合わせフレーズ:
「香りのいい(香川)うどんを、高く盛る(高松)」
「香る(香川)松(高松)の木、日本一小さい県」
「香川=うどん」の連想から「丼に高く盛り付けられた麺(高松)」を脳内でビジュアル化すると、試験本番で迷うことがなくなります。
2. 愛媛(松山)との混同を防ぐロジック対策
受験生が最も間違えやすいのが、「高松市」と「松山市(愛媛県)」のテレコ(取り違え)です。これを防ぐには漢字の組み合わせに注目します。
- 香川県 = 高松市(「高」いうどん/本州から見て四国の「高い(北の玄関口)」位置)
- 愛媛県 = 松山市(「愛」の「山」と覚える)
単なる丸暗記ではなく、地図帳を開いて瀬戸大橋の終点付近に位置する高松市の地理的ロケーションを指差し確認することが、失点を防ぐ最大の特効薬です。

世界が称賛する名建築「香川県庁舎」|丹下健三の最高傑作と無料展望室
高松市番町に位置する香川県庁舎は、単なる行政機関の枠を越え、日本建築史に輝く金字塔として世界中の建築ファンや観光客を魅了しています。
現在の香川県庁東館(旧本館)は、1958年(昭和33年)に世界的巨匠・丹下健三の設計によって竣工しました。当時の金子正則香川県知事の「県庁は県民のためにあるべきで、民主主義の象徴でなければならない」という強い信念のもと、日本伝統の木造建築の梁や柱の構造美を鉄筋コンクリートで再現。1階ピロティを市民に開放するオープンな空間設計が採用されました。
2022年(令和4年)には、戦後のモダニズム庁舎建築として全国で初めて国の重要文化財(建造物)に指定され、文化財的価値が公式に認められています。1階ロビーには香川県出身の世界的画家・猪熊弦一郎による陶板壁画「和敬清寂(わけいせいじゃく)」が掲げられており、誰でも自由に鑑賞することができます。
さらに、地上21階・高さ約103メートルの香川県庁本館の最上階にある展望室(21階)は、一般に無料開放されている隠れた名所です。北側には女木島・男木島をはじめとする穏やかな瀬戸内海の多島美が広がり、南側には讃岐平野と特徴的なおむすび型の山々が一望できます。
📍 香川県庁舎・展望室の利用ガイド
- 住所:香川県高松市番町四丁目1番10号
- アクセス:JR高松駅から徒歩約20分、ことでん「瓦町駅」から徒歩約10分、または市役所前・県庁前バス停下車すぐ
- 展望室開放時間:平日・休日ともに一般開放(8:30~17:15 ※時期や年末年始により変動あり)
- 入場料:無料(本館1階エレベーターより直通)
【実態検証】県都・高松市の現在地|コンパクトシティの成果と丸亀市との機能分担
現代の高松市は、かつて県庁の座を争った丸亀市をはじめとする周辺自治体と反目し合うのではなく、高度な機能分担によって香川県全体の都市競争力を高めています。
高松市は全国に先駆けて「コンパクト・プラス・ネットワーク」の都市計画を推進してきました。高松中央商店街は全長2.7キロメートルに及ぶ日本一長いアーケード街として知られ、官民一体の再開発によって全国の地方都市における商店街再生の成功モデルとして高く評価されています。JR高松駅周辺の「サンポート高松」エリアには、大型複合施設や四国最大級の県立アリーナ(あなぶきアリーナ香川)が開業し、国際会議や大型コンサートの拠点として交流人口を拡大させています。
一方の丸亀市は、造船業やうちわ生産、化学工業などの第二次産業が集積する産業・ものづくりの拠点、さらには金刀比羅宮や中讃観光のハブとして機能しています。政治・行政・金融・文化の中枢を高松市が担い、重工業や製造業の実務を丸亀市や坂出市が支えるという強固な相互補完関係が構築されています。
【プロの結論】都市の歴史から見出すべき学びと探訪の判断基準
単なる暗記科目として「香川県=高松市」と覚えるだけでは、学問の本質や旅の面白さは半減してしまいます。なぜその都市が県庁所在地となったのかという歴史的・地理的必然性を紐解くことで、日本の近代化や地方創生の構造が鮮明に見えてきます。
【高松探訪・学習をおすすめしたい人】
- 中学受験や地理を論理的に学びたい学習者・保護者:単語の暗記にとどまらず、交通網の変遷や廃藩置県の背景を理解することで、応用記述力が格段に向上します。
- 近現代建築・アートに興味がある旅行者:丹下健三設計の国指定重要文化財・香川県庁東館、猪熊弦一郎の壁画、イサム・ノグチ庭園美術館など、世界最高峰のデザイン文化を堪能できます。
【訪問時に注意すべき点】
- 高松市街地は平坦で自転車移動(レンタサイクル事業が極めて発達)が便利な一方、郊外の観光地やうどんの名店巡りには車や「ことでん(高松琴平電気鉄道)」の時刻表把握が必須となります。

【香川県の県庁所在地】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:なぜ香川県の県庁所在地は「香川市」という名前ではないのですか?
A1:明治時代の廃藩置県において、旧高松藩の城下町であった「高松」の街に県庁が置かれたためです。県名は讃岐国の中心的な郡名であった「香川郡」から名付けられましたが、都市名には古くから定着していた城下町の名である「高松」がそのまま引き継がれたため、県名と県庁所在地名が異なる形となりました。
Q2:香川県庁の展望室は土日や祝日でも一般人が入れますか?
A2:はい、土日や祝日でも無料で開放されています。本館1階のエレベーターを利用して21階展望室へ直接上がることが可能です。気象条件が良い日には瀬戸内海の島々や遠く瀬戸大橋方面まで見渡すことができます。
Q3:高松市と丸亀市はどちらが栄えていますか?
A3:行政・金融・商業・人口の規模においては、約41万人の人口を抱え国の出先機関が集積する高松市が圧倒的に優位です。ただし、丸亀市(人口約10万人)も臨海部の工業地帯や丸亀城、うちわ産業などを擁し、香川県第2の拠点都市として独自の経済的・文化的役割を果たしています。
まとめ:歴史の必然で選ばれた高松市と香川の奥深い魅力
香川県の県庁所在地である高松市は、かつての高松藩12万石の栄華、廃藩置県における激動の統廃合、そして瀬戸内海の水上交通を結ぶ要衝としての地理的利点を背景に、必然の選択として県都の座を確立しました。
現在では四国のブロック拠点都市としての都市機能に加え、丹下健三の手による名建築・香川県庁舎や現代アートの拠点としての魅力も兼ね備えています。地理学習の知識としてしっかりと頭に定着させるとともに、四国を訪れる際にはぜひ高松市街や県庁舎の展望室へ足を運び、その豊かな歴史と景観を肌で体感してみてください。 (出典: Yahoo!ニュース 芸能・エンタメ)